現代社会
現代社会とは、「助け合い」という暗黙の取引が建前の生存競争。
損得ではないフリをしながら損得により生きている。
異論として「無償の優しさ」があるが、「無償」はすなわち見返りを求めないことであり、一概に正しいとは考えづらい。
見返りを考えないと害をなす存在にも助けを与えてしまって生命維持に支障をきたしたり、与える負荷からも人生の最優先事項である「幸せ」から遠ざかりかねないからだ。
なぜこの「無償の優しさ」が認識・浸透しているか。
初出は昔の人のそれが存在して欲しいという「妄想」や「宗教」、現代的には多感で記憶に残りやすい子供の頃によく見る・見せられる綺麗過ぎる映像作品が元だと推測。(例.アンパンマン)
そして、子供向け作品の中ではほぼ必ずといっていいほど、無償で施した者が何かしら報われている。
現実にはそうとも限らない。
現実では価値観が混濁しているので、「優しさ」の認識が違っていたり、報われるタイミングが死ぬまで来なかったり、施されたことを認識出来ない・しないことがある。
故に現実では「無償の優しさ」(見返りを考えているのでおかしくなっている)はハイリスク・ローリターンであり、生きることに余裕なor諦めきっている人の娯楽と考えた方が生きやすい。
「無償の優しさ」が建前での「助け合い」という概念が社会に浸透しているのは、窮地に陥った時を想定した人間の予防線、一種の生存本能からではないかと思う。